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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)5767号 判決 1988年5月16日

原告 斎藤菊男

被告 三葉興業株式会社

主文

1  被告は原告に対し金三万九六六六円及びこれに対する昭和五九年六月八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを一〇分しその一を被告のその余を原告の負担とする。

事実

第一申立

一  原告

1  原告が被告に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2  被告は原告に対し金二六五万三五五五円及びこれに対する昭和五九年六月八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告は原告に対し昭和五九年六月以降毎月二五日限り金一七万五〇〇〇円を支払え。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

5  右2、3につき仮執行の宣言

二  被告

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二主張

一  請求原因

1  被告は、映画、演劇の興行等を目的とする株式会社であり、東京都渋谷区等四か所に映画館を開設し、輸入映画等を上映している。

2  原告は、昭和四三年四月二一日被告に映写技師として入社し、同社渋谷パレス座等において勤務してきたが、昭和五七年五月一四日をもつて五五歳に達したとして定年退職し、翌一五日嘱託として再雇用(以下「本件嘱託契約」という。)され、渋谷パレス座で勤務して来た。

3  原告の賃金は昭和五七年五月一五日ないし昭和五八年五月一四日当時一か月本給一七万二〇〇〇円、職務手当三〇〇〇円以上合計一七万五〇〇〇円であり、毎月二〇日締切、二五日払の約束である。

4  被告は、原告に対し、昭和五八年五月一四日をもつて本件嘱託契約が終了したとして従業員たる地位を認めない。

5  よつて、原告は、原告が被告に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、被告に対し、昭和五七年八月一〇日から昭和五八年五月一四日までに支払うべき賃金額のうち五一万八五五五円、同月一五日から昭和五九年五月二〇日まで一二か月六日分の賃金二一三万五〇〇〇円以上合計二六五万三五五五円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和五九年六月八日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金並びに昭和五九年六月以降毎月二五日限り一か月一七万五〇〇〇円の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因事実は全部認める。

三  抗弁

1  原告主張の本件嘱託契約はその契約期間を昭和五七年五月一五日から昭和五八年五月一四日までの一年間とするものである。したがつて、右期間の満了により原告は被告会社の従業員としての身分を喪失している。

なお、本件嘱託契約が締結されるに至つた経緯は次のとおりである。即ち被告は、昭和四〇年頃には六映画館を有していたが、映画興行界の経営悪化の例にもれず、業績不振のため昭和四四年一月及び同四五年二月に各一館を閉鎖し、その経営状態は悪化して来た。そこで被告は経営合理化のため、逐次従業員数を減らし、さらに映写業務を自動化することとし、被告の主要劇場である渋谷パレス座及び新宿パレス座においてこれを実施することにした。そして先ず渋谷パレス座でこれを実施することにし、昭和五六年二月先ずプラツター(複数の作品を連続して映写しうる装置)を設置し、次いで昭和五七年一月自動プログラム装置及び監視テレビを設置し自動化を完了した。そして原告が退職する予定の昭和五七年五月一四日以降は渋谷パレス座の営業部員伊藤克二に映写業務を兼任させる体制を整えていた。したがつて同月一五日当時原告を嘱託として再雇用する必要がなかつたのであるが、原告が所属しかつ原告の雇用の継続を強く要求していた全関東単一労働組合(以下「組合」という。)及び同組合三葉興業分会(以下「分会」という。)との紛争の拡大を回避するため原告を雇用期間一年の嘱託として採用し、渋谷パレス座において映写業務を担当させたものである。

2  被告は、昭和五七年八月一一日から原告ら映写技師に対し、従前の勤務体制と異り、一週のうち四日間(早番二日、遅番二日)を一日拘束六時間、実働五時間、二日間を一日拘束一二時間、実働一一時間、一週拘束四八時間、実働四二時間とする勤務シフト(以下「通算制勤務体制」という。)を実施したが、原告はこれに従わず、同日から同年一〇月一〇日までの間合計一〇〇・五時間に亘り職務に従事しなかつたので、被告は右欠勤時間に相当する賃金合計八万四五五五円を控除し支給しなかつたものである。

3  また、被告は、原告が後記の経緯により威力業務妨害罪で起訴されるなどしたため、原告に対し昭和五七年一一月二一日に自宅待機を命ずるとともに、同年一二月六日、就業規則六七条二号に基づき、同年一二月八日から昭和五八年五月一四日までの間休職を命じ、右自宅待機及び休職期間内の賃金額のうちその四〇パーセントに当たる四三万四〇〇〇円を控除し支給しなかつたものである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。本件嘱託契約は原告を六〇歳まで継続雇用する意図の下に締結されたものであつて期間の定めのない契約であり、契約書中の期間の定めは形式的なものである。

即ち被告は原告の雇用継続の申入れに抗し得ず、本件嘱託契約に先立ち右契約締結のために組合及び分会との間において原告を再雇用する旨の協定を締結したものであるが、右協定には期間の定めがない。したがつて、右協定は原告の雇用を期間の定めがないものとする趣旨で締結されたものであり、本件嘱託契約は右協定に基づくものであるから、期間の定めのない契約である。

2  抗弁2の事実中、原告が通算制勤務体制に従わず、被告主張の期間中一〇〇・五時間に亘つて勤務に従事しなかつたとの点は否認し、その余は認める。

3  抗弁3の事実は認める。

五  再抗弁

1  被告における従業員の雇用形態には、正社員、嘱託、パートタイマー、アルバイトの四種があり、正社員は雇用期間の定めがなく、後三者については期間の定めがあるものとされている。しかし、右雇用形態の区別にもかかわらず、同職種相互間の職務内容は殆んど同一であり、嘱託、パートタイマーについてみれば、支配人、映写技師等の要職が多い上、契約の反覆更新による継続雇用が常態化しており、定年退職後も相当高齢に至るまで期間の定めのない雇用契約が継続するとの慣習もしくは黙示の合意が存したものである。したがつて、本件嘱託契約は期間の定めのない雇用契約である。

2  また、前記の雇用形態による区別は、職務内容その他の点で正社員と全く差異のない者を嘱託ないしパートタイマーとして区別し、賃金コスト抑制等を目的とした不合理なものであつて、公序良俗に反して無効であり、したがつて本件嘱託契約は期間の定めのない契約となる。

また期間の定めは重要な労働条件であり、団体交渉によつて決定されるべきものであるから、原告と被告間の個別契約により期間を一年と定めたとしても組合の了解を得ていない以上、公序良俗に反し無効である。

3  仮に本件嘱託契約に期間の定めがあつたとしても、嘱託契約の成立経緯、社員と嘱託、パートタイマー、アルバイトの職務内容において明確な差異はなく、また被告において嘱託契約の反覆更新が常態化していること等の事情に徴すれば、本件については解雇の法理が類推適用されるべきであるところ、被告は原告に対し昭和五八年四月一三日に同年五月一四日をもつて右契約を終了させる旨の通知をしたものの、解雇理由を明示しておらず、また原告には、就業規則所定の解雇事由が存しないから右意思表示は無効である。

4  被告が新たな雇用契約を締結しないこと(以下便宜「本件更新拒絶」という。)は、被告が原告の組合活動を嫌悪してなした不当労働行為であり無効である。

即ち、被告はいわゆる同族会社であり、従業員に対し就業規則も開示せず、年次有給休暇の付与等もなされない劣悪な労働条件を強いて来た。そこで原告は右労働条件の改善を求め被告と交渉して来たが、個人としては限界があつたため、昭和五六年一〇月に組合に加入し、昭和五七年四月一三日に分会を結成し、以後は分会長として原告の定年延長問題、夏季一時金等について被告と交渉し、ストライキを行つて来た。これに対し被告は職制を通じ分会員である花沢長治、松田忠作に対し組合を脱退するよう工作したほか、ストライキに対する処分警告、ストライキ破り要員の育成、組合、分会に対する団体交渉の拒絶など組合を無視する態度に終始し、加えて映写技師に対する勤務時間の大巾延長を伴う通算制勤務体制の導入、映写の合理化を目的とした自動映写装置の導入策動、パートタイマー契約の改正等、組合、分会との団体交渉を経由すべき重大な労働条件の変更を一方的に通告し、分会等の団体交渉の要求を無視して来たため、組合及び分会はストライキを決行するに至つた。しかるに被告はストライキ中の些細な行為をとらえて警察、検察権力の導入をはかり、昭和五七年一〇月一二日原告ほか二名を逮捕させた。原告ほか一名は同年一一月二日威力業務妨害罪で東京地方裁判所に起訴されたが、同月九日原告は保釈許可決定を得、就業可能の状態に戻つたにもかかわらず、同月二一日被告は原告に対し、自宅待機を命ずるとともに、同年一二月六日に被告主張にかかる休職を命じ、昭和五八年四月一三日本件嘱託契約更新拒絶の意思表示を行つたものである。

以上のように分会結成後の被告による不当労働行為の積み重ね、原告の組合活動、本件更新拒絶の背景事情、ことに従来嘱託、パートタイマーに対し一年間で雇止めがなされた例がないことを考慮すると、本件更新拒絶は専ら原告を被告から排除し、分会の壊滅を企てた明らかな不当労働行為であり無効である。

5  被告がその主張の日から実施した通算制勤務体制は労働条件の不利益変更を伴うものであつて無効であつたため、原告はこれに従うことを拒否したものであり、また、前記自宅待機及び休職命令はその理由がなく、不当労働行為であり、無効である。したがつて、通算制勤務体制に従わないこと及び右休職等を理由とする賃金控除は不当である。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1の事実中、被告における従業員の雇用形態に正社員、嘱託、パートタイマー、アルバイトの四種があり、正社員には雇用期間の定めがなく、後三者については期間の定めがあること、嘱託、パートタイマーとして支配人、映写技師等がいたことは認めるが、その余は否認する。

2  同2の主張は争う。

3  同3の事実中、被告が原告主張の日に原告主張の通知をした事実は認め、その余は争う。

4  同4の事実中、被告がいわゆる同族会社であること、原告が組合に加入し分会を結成したこと、花沢、松田が分会員であつたこと、原告が分会長として原告の定年問題、夏季一時金について被告と交渉したこと、ストライキを行つたこと、ストライキに対し被告が警告を発したこと、被告が映写技師に対し通算制勤務体制を実施したこと、映写業務の自動化を図つたこと、パートタイマー契約の内容を改正したこと、右の問題に関し組合がストライキを繰り返したこと、右ストライキの際に原告らが被告の業務を実力で妨害したため昭和五七年一〇月一二日に原告らが逮捕され、原告らが同年一一月二日に威力業務妨害罪で東京地方裁判所に起訴されたが、同月九日に原告が保釈許可決定を得たこと、被告が原告に対し、同月二一日に自宅待機を命ずるとともに、同年一二月六日に原告主張の休職を命じたこと、昭和五八年四月一三日に被告が本件嘱託契約更新拒絶の意思を表示したこと、以上の事実は認めるが、その余は否認する。

被告が本件嘱託契約を更新しなかつた理由は次のとおりである。被告は、前記のとおり映画興行界の経営悪化に対処するための一環として自動映写機の導入による映写業務の合理化を進めており、原告が勤務していた渋谷パレス座においても、無人映写化を進めてきた。その結果被告は原告を映写技師として雇用しておく必要がなくなつた。

また、被告は、映写技師の花沢長治が退職したため、前記伊藤と原告に渋谷パレス座の映写業務を担当させることとし、昭和五七年八月一一日から前記通算制勤務体制を実施したが、原告は右勤務体制に従わず、被告の再三に亘る警告を無視して不就労を繰り返し、かつ同年七月以降は違法な争議行為を再三繰り返し映写室を不法に占拠して映写業務を実力で妨害するなどして被告から休職処分を受けるなど、その勤務状況は劣悪であるばかりか、被告に重大な損害を与えている。したがつて、被告としては原告を再嘱託する必要性も意思もない。

5  同5の主張は争う。

第三証拠<省略>

理由

一  地位確認請求について

1  請求原因1、2、4の事実は当事者間に争いがない。

2  被告は、本件嘱託契約の期間は昭和五七年五月一五日から昭和五八年五月一四日までの一年間であると主張するので検討する。

(一)  原本の存在と成立につき争いのない甲第六号証、証人小林力、同古宇田政夫の各証言によると、本件嘱託契約締結の際原告と被告との間で作成された契約書の第一条には、原告は昭和五七年五月一五日から昭和五八年五月一四日まで一年間被告の指定する業務に服するとしてその契約期間が明記されており、原告は右記載を認識した上で右契約書に署名押印したものであることが認められ、右認定に反する証拠はない(なお右契約書の作成年が昭和五八年となつているがこれは明白な誤記である。)。

したがつて、右事実によれば、特段の事由が存しない限り、本件嘱託契約はその期間を昭和五七年五月一五日から昭和五八年五月一四日までと定めて締結されたものといわなければならない。

(二)  原告は、特段の事由として、本件嘱託契約の締結に先立ち組合及び分会と被告との間で右契約に関して協定が締結されたがその際作成された協定書には雇用期間が明記されておらず、前記契約書中の期間を一年とする旨の記載も形式的なものにすぎず、本件嘱託契約は期間の定めのないものである旨主張する。

よつて検討するに、成立に争いのない甲第三号証によれば、原告主張の協定書には原告の雇用期間を明記していないことが明らかであり、また弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第二六ないし第二九号証、同第三一号証、証人片山岩一の証言及び原告本人尋問の結果中には右主張に副う記載ないし供述が存する。

しかしながら、前掲甲第三号証、同第六号証、成立に争いのない甲第五号証、乙第一号証、同第三号証、同第一〇号証の一、原本の存在と成立につき争いのない甲第四号証、証人小林力の証言により成立の認められる乙第三六号証の一ないし三、弁論の全趣旨により成立の認められる乙第三九、第四〇号証、証人小林力、同古宇田政夫、同片山岩一の各証言(但し証人片山岩一の証言中後記措信しない部分を除く。)によれば、被告は昭和四二年一月一日以降に入社した男子従業員の定年を五五歳と定めていたこと(但し昭和四一年一二月三一日当時在籍する男子の定年は六〇歳である。)、原告は昭和五五年一〇月頃から被告に対し五五歳と定められた右定年を六〇歳まで延長するよう求めはじめ、昭和五七年四月一三日には分会を結成してその分会長となり、以来組合執行委員長片山岩一と共に定年延長を求めて交渉を続けていたが、被告は、本件嘱託契約締結以前から映画興行界の不況に対処するため、経営合理化の一環として昭和四二年当時二四名在籍していた正社員を昭和五七年四月一日には九名に減じ、さらに渋谷パレス座では昭和五六年二月から翌五七年一月にかけてプラツター、自動プログラム装置、監視テレビなどの自動映写機器を購入して映写業務の自動化を図り、原告が退職する昭和五七年五月一四日以降は事務担当職員伊藤克二をして映写業務を兼任させる体制を整えていたため、原告の定年延長要求には応ぜず双方の意見は一致しなかつたこと、そこで組合と被告は局面を打開するため以後は片山と被告副社長小林力との間で個別折衝を持つこととしたが、被告においては前記の事情で原告の定年退職後は専任の映写技師を補充する必要がなかつたものの、組合との紛争の拡大を避けるための収拾策として、就業規則七二条に基づき、原告を嘱託として雇用する旨決定し、同月二八日片山に対し原告の定年退職後同人を渋谷パレス座で嘱託として雇用する旨申出たところ、片山は右申出を了承し、翌二九日小林と嘱託契約についてさらに個別折衝を行つたが、その際片山が嘱託期間についての説明を求めたので小林は嘱託期間は一年とする旨答えたが、片山からは六〇歳まで原告を継続して雇用するようにとの要求はなされなかつたこと、なお賃金について小林は社員当時の七割程度を予定している旨述べたところ、片山は低額にすぎる旨述べてこれに反対し賃金額については合意に至らなかつたこと、そこで同年五月二日小林と原告、片山出席の下に団体交渉が持たれたが、席上小林から嘱託期間は一年とし、賃金は社員当時の七割程度とする旨の説明がなされたところ、原告らは賃金についてはさらに上積みを要求して譲らなかつたものの、嘱託期間についての反論はなく、六〇歳まで嘱託を継続するようにとの要求も出なかつたこと、そして同年五月四日団体交渉の席上小林から嘱託の本給一七万二〇〇〇円、職務手当三〇〇〇円合計一七万五〇〇〇円という提案がなされ、組合はこれに五〇〇〇円の上積みを要求したものの翌五日片山が小林に対し右提案を受諾する旨述べ、ここに嘱託契約につき事実上の合意が成立し、同月一三日被告と組合及び分会との間で、原告は同年五月一四日をもつて定年退職すること、被告は同月一五日以降原告を嘱託として雇用を継続すること等を内容とする協定書が作成され、これを前提として翌一四日小林の指示を受けた被告総務部長古宇田政夫が原告に対し契約期間を昭和五八年五月一四日までの一年間とした契約書を提示して右期間及び賃金額等について説明したところ、原告は何らの異議も述べず、右契約書を一旦自宅に持ち帰りこれに署名押印して翌一五日被告に提出したこと、以上の事実が認められる。前掲甲第二六ないし第二九号証、同第三一号証、証人片山岩一の証言及び原告本人尋問の結果中、右認定に反する部分はいずれも措信しない。

そして右認定の事実、殊に組合及び分会と被告の協定締結の経緯及び本件嘱託契約締結の経緯に鑑みると協定書に雇用期間が記載されていないことをもつて本件嘱託契約を期間の定めのないものとすることはできず、本件嘱託契約は前記のとおりその期間を昭和五七年五月一五日から昭和五八年五月一四日までと定めて締結されたのであるといわなければならない。

(三)  そうすると、本件嘱託契約の期間は昭和五七年五月一五日から昭和五八年五月一四日までの一年であり、右期間が満了したことは当裁判所に顕著である。

3  原告は、被告において嘱託契約を締結した場合相当高齢に至るまで期間の定めのない雇用契約として継続する慣習もしくは黙示の合意が存在した旨主張するので判断する。

再抗弁1の事実中、被告における従業員には正社員、嘱託、パートタイマー、アルバイトの四種があり、正社員には雇用期間の定めがなく、後三者については期間の定めがあること、嘱託、パートタイマーとして支配人、映写技師等がいたことは当事者間に争いがない。そして前掲乙第三号証、成立に争いのない乙第三〇号証(原本の存在と成立につき争いのない甲第二号証に同じ)によれば、原告が嘱託に採用される直前の昭和五七年四月一日当時被告における正社員は営業部長、同部員、支配人、映写係等の職務に従事していること、また嘱託は本社経理部門に新田二郎、斎藤栄一が、渋谷パレス座支配人として木下和夫が、浦和パレス座支配人として牛尾恵胤が、映写技師として稲原次郎がおり、またパートタイマーは映写技師として中原芳蔵、松田忠作、花沢長治がおり、正社員と同様いずれも重要な職務に従事しており、すくなくとも社員と嘱託及びパートタイマー間に職種、職務内容に関し重大な差異は見い出し難いこと、勤続年数は新田が五年八月、斎藤が三年六月、木下が九年一〇月、牛尾が三年二月、稲原が一年二月、中原が九年六月、松田が二年七月、花沢が一二年三月であつて、斎藤、稲原、松田を除けば相当長期に亘ること、以上の事実が認められる。しかして右事実によれば、被告においては原告主張の慣習もしくは黙示の合意が推認し得ないわけではなく、また前掲甲第二六ないし第二九号証及び原告本人尋問の結果中には原告主張に副うかのような記載ないし供述が存しないわけではない。

しかしながら、前掲乙第三号証、証人古宇田政夫の証言により成立の認められる乙第二四号証の一ないし三、弁論の全趣旨により成立の認められる乙第六三ないし第六六号証の各一ないし四によれば、前記嘱託の五名はいずれも一年毎に契約を更新していることが明らかであり、また前掲乙第三号証、証人小林力の証言により成立の認められる乙第二五、第二六号証の各一、三、証人花沢長治の証言により成立の認められる乙第二七号証、弁論の全趣旨により成立の認められる乙第四五号証の一、二によれば、右パートタイマー三名も原則として期間を一年以下とする契約書を作成して期間満了の都度契約を更新している事実が認められ、さらにまた、証人小林力、同古宇田政夫の各証言によれば、被告においては嘱託契約の期間が満了した際、その者の勤務状況、業務上の必要性等を考慮して同人を再雇用するか否かを決定している事実を認めることができる。しかして、右事実によれば、被告における嘱託契約及びパートタイマー契約はいずれも期間の定めのある契約として締結され、被告は右契約を更新するに当たつてその都度その適否を判断していることが明らかであるから、原告が主張するように嘱託契約及びパートタイマー契約が相当高齢に至るまで期間の定めのない雇用契約として継続されるとの慣習もしくは黙示の合意が存在したということはできない。前掲甲第二六ないし第二九号証及び原告本人尋問の結果中、原告主張に副うかのごとき部分はいずれも採るを得ない。

4  原告は、仮に本件嘱託契約がその期間を一年とするものであつたとしても、右の定めは、職務内容その他の点で正社員と差異のない者を嘱託等として区別し、賃金コスト抑制等を目的とした不合理な脱法行為であり公序良俗に反して無効であつて期間の定めがないものと同様であり、また期間の定めは組合の了解を得てなすべきものであるにかかわらず、右了承を得ていないから公序良俗に反する旨主張する。

(一)  正社員と嘱託及びパートタイマー間に職種、職務内容に関し重大な差異を見い出し難いことは既に認定したとおりであり、前掲乙第三号証、同第二四号証の一ないし三、同第二五、第二六号証の各一、三、同第二七号証、同第三〇号証、同第六三ないし第六六号証の各一ないし四、証人小林力の証言によれば、昭和五七年四月一日当時被告の従業員は三〇名であり、正社員九名、嘱託五名、パート三名、アルバイト一三名から構成されているが、嘱託五名のうち、前記新田、斎藤、牛尾の三名は入社時既に定年を上回るかそれに近い年齢(新田五九歳、斎藤六一歳、牛尾六二歳)であつて当初から期間一年の嘱託として雇用されたものであり、前記木下、稲原は本来社員であつたが、定年退職後期間一年の嘱託として再度雇用されたものであり、嘱託五名の平均勤務年数は四年八月であつたこと、またパートタイマー三名すなわち中原芳蔵、松田忠作、花沢長治はいずれも映写技師であり当初からパートタイマーとして採用され、採用時六二歳であつたこと、右嘱託、パートタイマーは共に雇用期間を一年以下とし契約更新がなされてきたこと、以上の事実が認められる。しかして右事実によれば、被告の嘱託、パートタイマーは入社時において既に定年の年齢を上回つているか、正社員であつた者が定年に達して退職した後再度雇用された者であつて、かかる者に対し期間を定めて雇用したとしても、このような取扱いは、人事の刷新、労働能力の確保等企業の組織及び運営の適正化のために設けられた定年制というものが存する以上不合理なものとはいえず、終身雇用制を免れるための脱法的雇用形態であるともいえないし、公序良俗に反するものということもできない。

(二)  また労働契約における期間の定めは重要な労働条件ではあるが、右条件は先ず使用者と労働者との間において双方の自由な意思決定の下に決められるべきものであつて、それが実現した以上、団体交渉によつて決定されるべき余地はない。そして、本件嘱託契約が原告と被告の意思の合致によつて成立したことは前記認定のとおりであるから、この点に関する原告の主張は理由がない。

5  原告は、本件嘱託契約の成立の経緯、従事する職務内容、嘱託契約の反覆更新が常態化していること等の事情に徴すれば、本件については解雇の法理が類推適用されるべきである旨主張する。

よつて検討するに、被告が原告に対し原告主張にかかる通知をしたことは当事者間に争いがなく、正社員と嘱託及びパートタイマーとの職務内容に重大な差異を見い出し難いことは既述のとおりである。しかしながら、また、被告における嘱託は入社時既に定年を上回るかそれに近い者又は被告を定年退職した後再雇用された者であつて、かかる者に対し期間を定めて雇用したとしても強ち不合理なものといえず、被告の雇用形態が脱法的なものであるともいえないこと前記のとおりである。また、被告が嘱託者を再雇用するに当たり、雇用の必要性、被雇用者の能力等を検討してその可否を決していることも前記のとおりであり、さらにまた、本件嘱託契約は未だ一度も反覆更新されていないし、本件嘱託契約締結に至る前記認定事実からも明らかなとおり、本件嘱託契約は被告において原告の労働力を必要としなかつたにもかかわらず、組合及び分会との紛争を収束するためにやむを得ず締結されたものであるから、右契約における期間の定めは極めて重要な意味を持つものであり、反覆更新は当初より予定していないところであるといわなければならない。したがつて被告が原告に対してした前記通知は実質的にも解雇の意思表示とはいえず、本件につき解雇の法理を類推適用する余地はない。

6  原告は、本件更新拒絶は被告が原告の組合活動を嫌悪してなした不当労働行為であり無効である旨主張する。

よつて検討するに、本件嘱託契約がその期間を一年とするものであり、右契約が未だ反覆更新されていないこと、したがつて、本件につき解雇の法理の適用のないことは前記のとおりである。しかしながら、前掲乙第三〇号証によると、被告と嘱託契約を締結している前記新田ら五名はいずれもその契約を更新しており、またその中の四名即ち新田、斎藤、木下、牛尾は昭和五七年四月一日当時において既に三回以上契約を更新していることが明らかであるから、もし本件更新拒絶が原告の組合活動に対する嫌悪を主たる原因としてなされたものであるならば不当労働行為として無効となる余地がないわけではないので以下この点について検討を加える。

(一)  再抗弁4の事実中、被告がいわゆる同族会社であること、原告が組合に加入し分会を結成したこと、花沢、松田が分会員であつたこと、原告が分会長として原告の定年問題、夏季一時金について被告と交渉したこと、ストライキを行つたこと、ストライキに対し被告が警告を発したこと、被告が映写技師に対し通算制勤務体制を実施したこと、映写業務の自動化を図つたこと、パートタイマー契約の内容を改正したこと、右の問題に関し組合がストライキを繰り返したこと、右ストライキの際に原告らが被告の業務を実力で妨害したため昭和五七年一〇月一二日に原告らが逮捕され、原告らは同年一一月二日に威力業務妨害罪で東京地方裁判所に起訴されたが、同月九日に原告が保釈許可決定を得たこと、被告が原告に対し、同月二一日に自宅待機を命ずるとともに、同年一二月六日に原告主張のような休職を命じたこと、昭和五八年四月一三日に被告が本件嘱託契約更新拒絶の意思を表示したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。そして右争いのない事実に前掲甲第三号証、同第五号証、同第二六、第二七号証、乙第一号証、同第一〇号証の一、同第三〇号証、成立に争いのない甲第一号証、同第八号証、同第一三号証、同第一六号証、同第一七ないし第一九号証、同第二一号証、乙第二号証、同第四号証の一、二、同第六ないし第九号証、同第一一号証、同第一二号証の一ないし一二、同第一四、第一五号証、同第二二号証の一ないし三、同第三四号証、同第三六号証の一ないし三、原本の存在と成立につき争いのない甲第七号証、同第一〇号証、乙第五七、第五八号証、証人小林力の証言により成立の認められる乙第五号証、同第二八号証の一ないし一一、同第四一号証、証人中原芳蔵の証言により成立の認められる甲第三三号証、原告本人尋問の結果により成立の認められる甲第三四号証、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第九号証、証人小林力の証言により括弧内記載の日時に渋谷パレス座における争議の状況を撮影した写真であることが認められる乙第四六号証の一ないし四(昭和五七年七月一四日)、同第四七号証の一ないし五(同年七月二五日)、同第四八号証の一ないし二一(同年七月二六日)、同第四九号証の一ないし一五(同年八月八日)、同第五〇号証の一、二、四、五(同年九月九日)、同第五一号証の一ないし三(同年九月一八日)、同第五三号証の一、二(同年七月三〇日)、同第五四号証(同年八月一日)、同第五五号証の一ないし四(同年八月二一日)、証人小林力、同片山岩一、同中原芳蔵、同花沢長治の各証言、原告本人尋問の結果(但し前掲各証拠中、いずれも後記措信しない部分を除く。)を総合すると次の事実が認められる。

(1) 被告においては、パートタイマーに対する有給休暇の付与、時間外割増賃金の支払等につき必ずしも法規及び就業規則どおりの実施がなされていなかつたこと、そのため原告はかねてより被告の労働条件について不満を抱きその改善方を求めていたが、その要求を実現するため昭和五七年四月一三日に中原芳蔵と共に分会を結成して分会長に就任し、同日から原告の定年問題、時間外の割増賃金問題等について被告に団体交渉を要求し、その後数回に亘る団体交渉及び小林と片山との個別折衝等の結果、右有給休暇、割増賃金問題及び本件嘱託契約問題について組合及び分会と被告の間において妥結を見たこと

(2) 分会は同年六月二二日から被告に対し夏季一時金として賃金の三・五か月分プラス一〇万円とする要求を提出し、その後四回に亘つて団体交渉を重ねたが、同年八月三日被告は最終回答として嘱託である原告に対しては賃金の〇・五か月分プラス一万二五〇〇円、パートタイマーである中原、松田らに対しては一時金を支給しない旨回答したところ、組合がこれを拒否したのを最後として団体交渉は決裂したこと

(3) 分会は夏季一時金問題等をめぐつて同年七月一四日から九月二八日まで被告会社経営の新宿パレス座、渋谷パレス座において合計一一波に亘るストライキを実施したが、その概況は次のとおりである。

(ア) 昭和五七年七月二六日(渋谷パレス座全日スト)

午前九時頃片山ら十数名が松田と共に渋谷パレス座に至り支配人の木下に対し午前九時四〇分から全日ストライキにはいることを通告し、それと同時に原告らは映写室内にたてこもつて占拠し、他の者は劇場入口付近及びロビーを占拠したうえ、ストライキ決行中などと書いた大型ビラ、赤旗三枚を切符売場、入口ドア等にはりめぐらし、劇場前でハンドマイクを使つてアジ演説を行うと共に劇場入口に座りこんでピケを張り客の入場を阻止したこと、そこで小林は社員の伊藤に映写業務を行わせるために二階の映写室に赴いたが組合員に実力で阻止され、当日の上映は全日不可能となつたこと

(イ) 昭和五七年八月一九日(渋谷パレス座時限スト)

午後六時一五分頃、片山から同日午後七時一〇分からストライキにはいる旨の通告があり、右時刻に組合員ら約一五名が劇場入口付近でピケを張り、原告らは映写室を占拠して映画の上映を不可能にし、外部支援者らは客の入場を制止し、入場者に対し、入場料、交通費の返還を求めるよう煽動した結果、被告は約一〇〇名の入場者に対し入場料及び交通費の支払を余儀なくされたこと

(ウ) 昭和五七年九月九日(渋谷パレス座時限スト)

午後六時二〇分頃から渋谷パレス座正面の壁面等に横断幕やビラを貼付し、ハンドマイクを使用して演説をし、さらに午後七時頃から同八時すぎ頃までの間、原告と松田は映写室にはいりこんでこれを占拠し、内側から鍵をかけ、鉄パイプ等でドアを固定するなどして開扉を物理的に不可能ならしめて、小林や伊藤の入室を阻止し、同日午後七時二五分からの映画上映を不可能ならしめたこと、その結果被告は約五〇名の入場者に入場料の払戻しを余儀なくされたこと

(4) 昭和五七年六月二五日に被告の総務部長であつた古宇田が分会員であつた花沢に対し退職と組合脱退を勧めるかのごとき言辞を弄し、また同年八月一三日新宿パレス座支配人であつた小野寺文夫が分会員であつた松田忠作に対し、自分が分会の要求している夏季一時金として五万円を交付するから組合及び分会を脱退するよう申向けたこと

(5) 被告は主として映画興行を営んで来たが、映画興行界の一般的傾向と同様経営状態は悪化の一途をたどり、昭和四四年一月には浦和劇場を、翌四五年二月には蒲田帝都座を各閉鎖して、経営を新宿、渋谷、蒲田、浦和の各パレス座の四館に縮少し、従業員の新規採用を控えて昭和五七年四月の時点において正社員九名、嘱託五名、パートタイマー三名、アルバイト一三名とし、さらに合理化の一環として映写業務の自動化を図り、先ず主力劇場で採算性の高い渋谷パレス座においてこれを開始することとし、昭和五六年二月にプラツターを、翌五七年一月に自動プログラム装置及び監視テレビを設置し、自動映写化を完了したこと、そして同年一〇月二〇日には新宿パレス座において前記三種の装置を導入して自動化を完了したこと、その結果被告は映写業務の担当を映写技師から一般事務員に逐次切り換えていくことにし、パートタイマーの映写技師の場合は契約期間の満了をもつて、正社員の映写技師の場合は定年退職を機に一般事務員に転換していくこととしたこと

(6) 被告における映写技師の労働時間及び勤務シフトは昭和四〇年頃までは、三人一組の勤務であり、就業規則九条別表二のとおり一人について一日七時間(拘束八時間)、一週四二時間(拘束四八時間)であつたこと、昭和四〇年から同五七年八月一〇日までは二人一組の勤務となり、一人については通常一日六時間(拘束七時間)、通し勤として週一日一二時間で一週四二時間であつたこと、原告は昭和五七年以降は渋谷パレス座において花沢と二人一組で勤務していたが、同年八月一一日以降は花沢の退職に伴い、営業部員伊藤との二人勤務となつたが、同人が渋谷パレス座において営業事務を担当していたこともあつて、週のうち四日間を一日五時間(拘束六時間)、通し勤として週二日、一日一一時間(拘束一二時間)の勤務とし、一週四二時間(拘束四八時間)とする勤務体制に従うよう命ぜられたこと、しかるに原告は右新勤務体制は原告らの労働条件を悪化させるものであるとして右体制に従うことを命ずる被告の再三の警告にもかかわらず独自に勤務シフトを設定して勤務し、被告の指揮命令を無視した結果、昭和五七年一〇月一一日まで合計一〇〇・五時間につき就労しなかつたこと

(7) 原告は同年一〇月一二日に九月九日の争議行為について威力業務妨害の容疑で逮捕、同年一一月二日同罪で起訴され、昭和五九年三月九日東京地方裁判所において同罪で懲役六月(執行猶予二年)に処せられ、東京高等裁判所で控訴棄却、最高裁判所で上告が棄却されたこと

(8) 原告は同年一一月九日に保釈され、同月二一日に出社したが、通算制勤務体制に従わなかつたことや、威力業務妨害行為により逮捕、起訴されたことなどについて被告を非難するのみで反省の色を見せなかつたこと

(9) 被告は原告に対し昭和五八年四月一三日に原告を嘱託として再雇用する意思のないことを表明したこと以上の事実が認められる。

前掲甲第一六号証、同第二一号証、同第二六、第二七号証、成立に争いのない甲第二五号証、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第三〇号証、弁論の全趣旨により原本の存在とその成立が認められる同第三五号証、証人片山岩一の証言、原告本人尋問の結果中、原告の主張に副う部分は、いずれも意見又は推測を述べたものにすぎず、他に前記認定事実を超えて原告主張事実を認めるに足る証拠はなく、また右各証拠及び前掲甲第一七号証、同三一号証、弁論の全趣旨により成立の認められる乙第二一号証の一、証人小林力の証言により成立の認められる乙第六二号証、証人小林力、同古宇田政夫の各証言中、前記認定に反する部分はいずれも措信しない。

(二)  しかして前記認定事実によれば、原告は定年延長問題、夏季一時金要求等の交渉において組合分会長として指導的役割を果たしており、また被告の幹部職員において被告の組合及び分会に対する支配介入と目されるような行為に出ていることが明らかであり、かかる事実に前記認定から明らかな被告の組合及び分会に対するやや頑な態度等を考慮すると、被告の本件更新拒絶が原告の組合活動と全く無関係になされたものとすることには疑いが存する。

しかしながら既に認定したとおり、被告は映写装置の自動化等によつて昭和五七年一月には映写技師を必要としなくなつており、加えて、原告らのなした昭和五七年七月二六日、八月一九日、九月九日の争議行為は映画興行を業とする被告にとり興行機能の中枢をなす映写室を占拠し、被告の支配を実力で完全に排除しその業務を阻害するというものであり、争議突入の契機をなす被告の団体交渉における応接態度、団体交渉決裂の経緯等諸般の事情を考慮しても、なお原告らの右行為は、正当な争議行為の範囲を大きく逸脱した違法なものといわなければならない。

また昭和五七年八月一一日から実施された通算制勤務体制は、既に認定したとおり、従来の勤務体制に比し一週のうち通し勤は一日増加したが、他の勤務日の労働時間が一日につき実質一時間短縮され、かつ一週の総労働時間については変更がないこと、加えて渋谷パレス座では既に映写業務の自動化により労務内容は軽減されていることを考慮すると、通算制勤務体制の実施により労働条件が実質的に悪化したということもできず、また被告が右勤務体制の実施につき原告の了解をとらなかつた点にやや意を尽さなかつた点があるとはいえ、被告が右勤務体制をとるに至つた経緯が前記のとおりであり、その必要性が大きいから、通算制勤務体制は違法な労働条件の変更とはいえない。したがつて、原告が右通算制勤務体制に従わなかつたことは相当でなく、被告の指揮命令に違背したことになるから、被告がかかる原告に対し嘱託としての再雇用を拒否する態度に出たとしてもこれを非難することはできない。

以上要するに本件更新拒絶は、被告の経営状況、原告を雇用しておく必要性の減少、原告の勤務態度を主たる理由としてなされたものと認めるべきであり、不当労働行為ということはできない。

7  以上のとおり、原告主張の再抗弁1ないし4はすべて理由がないから、本訴請求中、原告が被告に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求める部分は理由がない。

二  賃金支払請求について

1  請求原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

2  先ず、原告が通算制勤務体制に従わず欠勤したことを原因とする賃金カツト分八万四五五五円について検討するに、抗弁2の事実は、原告が被告の通算制勤務体制に従わず、被告主張の期間中合計一〇〇・五時間に亘つて勤務しなかつた点を除き当事者間に争いがない。そして前掲甲第一三号証、乙第二号証、同第五、第六号証、証人小林力の証言によれば、原告は、被告が指示した通算制勤務体制に従わず昭和五七年八月一三日から同年一〇月一〇日までの間合計一〇〇・五時間に亘り就労を拒否し欠勤したこと、そこで被告は右欠勤時間に相当する賃金合計八万四五五五円を支給しなかつたことが認められる。

原告は、被告が実施した通算制勤務体制は労働条件の不利益変更を伴うもので無効である旨主張する。

そして前掲甲第一七号証、同第三一号証、証人片山岩一の証言、原告本人尋問の結果中には、右主張に副う記載ないし供述が存する。しかしながら、被告の実施した通算制勤務体制が適法であり、非合理なものでないことは既に認定したとおりである。したがつて、原告が右勤務体制に従わなかつたことは相当でなく、結局これを理由として被告がなした賃金カツトは正当であるといわなければならない。

したがつて、本訴請求中、右一〇〇・五時間分の賃金八万四五五五円の支払いを求める部分は理由がない。

3  次に自宅待機及び休職期間中の賃金カツト分四三万四〇〇〇円について検討するに、抗弁3の事実は当事者間に争いがない。

原告は、右賃金カツトの原因である自宅待機及び休職命令は無効である旨主張する。よつて検討するに、前記認定にかかる原告らの争議行為殊に昭和五七年九月九日の争議行為は争議行為としての範囲を大きく逸脱しており、原告が右行為により同年一〇月一二日に逮捕され、同年一一月二日威力業務妨害罪により起訴され、同月九日保釈、同月二一日出社したが、原告は通算制勤務体制に従わなかつたことや威力業務妨害行為により逮捕起訴されたことなどについて被告を非難するのみで、反省の色を全く見せなかつたことは既に認定したとおりである。そして前掲乙第二号証、同第八号証、同第四一号証、成立に争いのない甲第一四号証、証人小林力の証言によれば、原告が威力業務妨害罪により起訴され、また右威力業務妨害行為に対する原告の態度が前記のようなものであつたため、被告は、原告の処遇を慎重に検討する必要及び原告の勾留中被告に対し映写技師を派遣していたローヤル興行株式会社と右映写技師派遣の要否について検討する必要があつたこと等から昭和五七年一一月二一日原告に自宅待機命令を発し、検討の結果、原告は当時起訴されていて刑事裁判が係属中であり、かつまた同人をこのまま職場に復帰させれば、逮捕前と同様被告の指揮命令に従わず業務妨害行為を繰り返す蓋然性が高いことから、被告の就業規則六七条二号の「その他休職の必要ありと認めたとき」に該当するとして同年一二月六日原告に対し、同月八日から前記刑事被告事件が確定するまでの間(但し本件嘱託契約の終了日である昭和五八年五月一四日を限度とする。)休職を命じ、就業規則上休職期間中は賃金を支給しない旨定められているにもかかわらず、賃金の六〇パーセントを支給することにし、昭和五七年一一月二一日から昭和五八年五月一四日までの間賃金の六〇パーセントを支給したことが認められる。前掲甲第二六、第二七号証、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信しない。そして右事実によれば、本件休職及び休職期間は相当であり、右休職は専ら原告の責に帰すべき事由に基づいて発せられたものであつて被告の責に帰すべき事由によるものとはいえないから、原告は昭和五七年一二月八日から昭和五八年五月一四日まで賃金の残額につき請求権を取得するものではない。

次に右自宅待機について検討するに、前記のごとく右自宅待機は原告を休職にするか否か及び前記ローヤル興行との関係を決するために発せられたものであり、これに本件全証拠を精査するも自宅待機制度について定め、かつ自宅待機中の賃金控除を正当化する旨を定めた就業規則、労働協約その他の規定の存在を認めるに足る証拠がない事実を考慮すると、右自宅待機は被告の都合に基づき発せられたものであり、その趣旨は原告が自宅に待機することをもつて原告が提供すべき労務とする旨の職務命令と解するのが相当である。したがつて、原告の自宅待機は労働契約上は正常に勤務したものとして取り扱うべきであり、被告は賃金支払義務を免れるものではないから、被告が右自宅待機の期間則ち昭和五七年一一月二一日から同年一二月七日までの間の賃金のうち四〇パーセントを控除したことは相当でない。そして右時点における原告の賃金額が一か月合計一七万五〇〇〇円であること及び被告における賃金の支払方法が毎月二〇日締切、同月二五日払であることは当事者間に争いがないから、被告は原告に対し同年一二月二五日限り、右期間の賃金のうち四〇パーセントにあたる三万九六六六円を支払う義務がある。

よつて原告の本訴請求中、右三万九六六六円及びこれに対する弁済期経過後の昭和五九年六月八日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由がある。

4  次に昭和五八年五月一五日以降の賃金請求権について検討するに、同日以降原告と被告との間に雇用契約関係が存在しないことは既に認定したとおりであるから、原告は被告に対し同日以降の賃金請求権を有しない。したがつて、本訴請求中、右契約関係が存在することを前提とする昭和五八年五月一五日以降の賃金の支払を求める部分はその余の点を検討するまでもなく理由がない。

三  結語

以上の次第で、原告の本訴請求は、昭和五七年一一月二一日から同年一二月七日までの賃金の未払分三万九六六六円及びこれに対する弁済期経過後の昭和五九年六月八日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は理由がない。よつて、原告の本訴請求は右理由のある限度でこれを認容し、その余は棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を適用し、仮執行の申立についてはその必要がないものと認めてこれを却下し、主文のとおり判決する。

(裁判官 福井厚士)

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